注意する基準

人を注意するのはとても難しいことです。

家で、学校で、スポーツで、塾で、会社でそれぞれの関係によって注意の仕方も変わってくると思います。

今日は藤わら塾ではどのように注意しているかをお伝えします。

1.大切なのは基準をしっかりと示しておくこと

注意するのか怒るのか、それとも叱るのかここでは言い方はあまりこだわらないようにします。どんな言い方をしても大切なのは基準を示していることです。事前にこういったことをすると塾ではルール違反ですと伝えておくこと。これがポイントです。

自分の気持ちだけで注意してしまったり、前と言っていることが違ったり、人によって違いが出ることを子供たちはとても嫌がります。自分はそのつもりがなくても生徒たちは本当によく見ています

ですので「なぜ今私は注意しているのか」をしっかりと伝え、生徒に「自分が注意された理由」を分からせます。

 

2.わからないでは怒らない

以前他の塾から転塾してきた生徒が

「前の塾では授業中に分からないことをとても怒られていた。でも分からないから塾に行くのにそれを怒られたらどうしようもないよ。」と言っていたことがありました。

本当にその通りだと私も思います。

授業の態度や、取り組む姿勢を注意されるのであればまだ分かるのですが、分からない生徒に向けて「なんで分からんのんな!!」は子供たちが可哀そうです。

そこには「分からせることができていないのは講師自身」という視点が抜けています。その姿は私には滑稽に映ります。

分からん生徒に向けて「分かれ!!」と怒鳴っているだけで成績があがるならどんなに簡単な仕事でしょうか。その子がなぜわからないのか、どうしたらわかるようになるのかを探し続けるのが塾としての仕事だと思います。

藤わら塾では分からないことで怒ることは絶対にありません。(いろんな考えがあるのであまり絶対にという言葉は使わない私でも断言できます。絶対にありません。)

 

3.注意の基準は考えないことに対して

では藤わら塾では何に対して注意するのか

  1. 塾基本ルールを守ってもらえない場合(あいさつしましょう・塾の周りでは騒がないようにしましょうなど)
  2. 「人の邪魔になるようなこと」をした場合
  3. 「なぜ」を考えようとしない場合
  4. ごまかしたり、うそをついたり卑怯なことをした場合

これらのことが守れない場合は注意したり、叱ったり、場合によっては怒ったりもします。特に今日の話では3番が関係していますのでそれについて。

先ほど問題が解けない、分からないことに関して怒ることは絶対にないと言いましたが、なぜ間違えたのかを考えない生徒には注意します。分からいから塾にくるのが当たり前だとすれば、分かるようにすることこそ塾に来る意味です。そのためにわざわざお金を払って塾に通っているのです。塾に来て「なぜ」を考えないということは来る意味がないと言っても過言ではありません。

考えることをやめて単純な作業を永遠と繰り返したり、ずっと手を止めている生徒にはこう言って注意します。

「藤わら塾ではできないことは怒らんけど、分からないことを分かるために塾に来とんじゃけ、分かろうとしないことは注意します。分からん時は何がわからんのんかを考えよう。分からんとこが分かったら質問においで。もし分からんところも分からんくてどうしようもない時はその時も質問においで、何が分からんのんかを知るところから始めよう。」

岡山弁が入っていますし、早口言葉みたいになってるので伝わりにくいかもしれませんね。伝えたいのはどうにかして分かるようにしようという姿勢が必要だということ一歩がどんな形であれ、伝え続けることが自律型サポート学習の一歩目です。

まとめ

塾での注意の仕方をお伝えさせてもらいましたが、これはあくまで塾としてこういった形で指導していますという話で、おうちで子供を叱る時には気持ちが入ってしまうのでなかなかここまでルールや基準を示して叱ることは難しいと思います。むしろ気持ちを入れるべきときもきっとあるでしょうし。

ただ、やはり子供たちは子供たちなりにしっかりと見ていて理不尽な怒られ方をするとたとえ親でも反発してしまうものです。特に思春期の時期であればなおさら。ですので、話し方、伝え方も子供として扱うのではなく一人の大人になっていく途中の個として見てあげられると伝わりやすいかもしれません。

 

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